深センのサプライチェーンにとっても激動の年となった2020年。
その中枢におり、新型コロナウイルスや貿易摩擦の影響をもろに受けたにもかかわらず新製品を次々と生産・発表してきた深センの電子機器工場「JENESIS」(创世讯联科技)。
今回は、JENESIS創業者の藤岡淳一氏にオンラインインタビューを行い、深センのサプライチェーンやHuaweiの動向、そしてレガシーな日本を変える2021年の戦略などを伺いました。
目次
新型コロナの影響ー特に大変だった点
ー2020年は新型コロナが世界中に広がり、深センのサプライチェーンも大きな影響を受けましたが、中でも特に大変だった点について教えていただけるでしょうか
2020年2、3月は一生忘れられないくらいの経験をしましたね。まず会社は春節明け1ー2週間操業できない状況に陥り、操業再開のための検査をお願いしに政府担当者にすがる思いで交渉に行きました。それだけでなく従業員も春節帰省先の村から深センに戻って来ることができず、深センにいる従業員も小区(住宅地)の外には一日に1、2度しか出てはいけないというロックダウンに近い状態でした。そして深センの外から戻ってきた人は2週間働いてはいけない、というルールも設けられていました。
ー当時の日本はまだ他人事でしたね
実はこの期間中に、NHKのクローズアップ現代の取材班が来ていました。日本からは「どうして物が作れないのですか?」「なぜ出荷できないのですか?」と言われており、この現状をきちんと世間にお伝えしないといけないと感じていましたので、大変な状況でしたが取材をお受けすることにしました。
通常は従業員が200人いるはずなのに、操業開始日当時は17人しかいませんでした。操業が再開しても湖北省(=武漢市の含まれる省)に帰省していた人は、深センに戻ってくるのに2ヶ月近くかかってしまい、潤沢な人員での操業ができなかったので、臨時工が頼りでした。でもそれは我々だけではなく、周りの会社もみんな同じ状態でした。
人手不足のため、臨時工員の時給が跳ね上がる
この状況下ゆえ、例えばフォックスコン(富士康科技集団)などは金に糸目をつけずに工員を集め始めました。その結果、臨時工員の給与相場が2倍くらいに跳ね上がってしまったのです。
我々も旧正月明けの急ぎの出荷があったものですから、なりふり構わず対応しました。そして臨時工だけ時給を上げるのは公平性に欠けるので一般の工員の手当も引き上げ、なおかつ全員にPCR検査を行ってもらうなど、この3ヶ月は想定外のコストがかかってしまいました。
マスクも足りなくなり、グループ会社をはじめ日本やアメリカからかき集めて送ってもらいました。時にはお客様から応援のメッセージの書かれた色紙をいただくこともあり、色々な支援をいただきながらも苦しい毎日でした。香港との自由な行き来もできなくなり、物流の面でも影響が出始めました。サンプルが1ー2週間日本に届かなかったこともありましたね。
春になり、中国では一気に感染が収束に向かいました。すると今まであまり接点のなかったお客様から検品代行や生産モニタリングのサービスの依頼をいただいたり、現地のお客様に変わって商談をするといった仕事も増えました。
深センのサプライチェーンはどのように変化したか
ー新型コロナによって、深センのサプライチェーンはどのように変化していったのでしょうか?
コロナ前から、米中貿易戦争によってサプライチェーンには変化が起きていました。たとえば工場をベトナムに移転したり、人件費・家賃が高騰している深センから内陸に移転する会社もあり、サプライチェーンは急激な下降を続けていましたが、コロナでダメ押しとなりました。
ただこれはサプライチェーンだけの話ではなく、飲食店もそうですね。飲食店は家族経営が多いですが、出稼ぎの街である深センでうまくいかなくなったら田舎に帰る、という現象が見られています。
サプライチェーンの減少に加え、コロナ需要により部品の取り合いに
2020年上期は同じ代替えの利くような互換品を扱う部品メーカーがイメージ5社→3社くらいに減りました。下期はネットワーク関連系、ノートPC、タブレット端末の部品が急に足りなくなり、部品の取り合いになってしまいました。我々も他の部品メーカーでキャンセルが出たという話を聞くと、すぐに確保に動きました。
通常、液晶や半導体の原材料は半年〜1年のスパンで準備されるものですが、今回はどこも想定外でしたね。世界のスマートフォン・タブレットは深センのサプライチェーンが支えているわけで、オンライン授業などにより需要が増えても供給できないのが苦しかったです。
Huaweiの影響も
そして、Huaweiの影響があります。Huaweiの端末は傘下の半導体企業であるHiSiliconがメインCPUを製造していましたが、アメリカ企業の中には「HuaweiはいいけどHiSiliconがダメ」と主張するところが出てきました。そこでHuaweiは台湾の半導体メーカーMediaTekのCPUを買いまくってHiSiliconからMediaTekに置き換え始めました。そうなるとMediaTekのCPUが入手しづらくなり、10月以降は価格も倍くらいに跳ね上がってしまいました。弊社では製造しているAndroid系端末の8−9割がMediaTek製のCPUに加え、タブレット以外の端末にもMediaTek製のCPUを採用しているのでダブルパンチ、トリプルパンチの年でしたね。
ー毎回問題が起きて解決して…の繰り返しですね
我々はこういうことも予期して早めに部品の確保をしようと注文していたのですが、購入元に確認すると「他社で高く売れるから」という理由ですでに売ってしまったということもありました。「大丈夫。あと1ヶ月待てばまた入ってくるから。価格は変更するけどね」と言ってくるのです。ジャイアンとのび太の比じゃないですよね。
ーそれはひどい…
我々はお客様から注文を受けたあとに部品を発注しているので、値上がった分の価格は転嫁できずこちらでカバーしないといけなくなります。
2020年新製品の開発秘話
ー2020年のJENESISは怒涛の新製品ラッシュでした。
通常我々は、スタートアップ案件を受けるときに、「繁忙期は受けられないけれど、その代わり手の空いている時にやりますよ」というスタンスです。
2020年はオリンピック開催、そしてインバウンド需要の予測を立てていましたが、想定した大口の需要が来なかったため、代わりにスタートアップからの細かい案件を比較的多く受けることになりました。
タイムリーな製品となった「emmyWash」
ー新製品が多かったのはそのような理由があったのですね。特に印象に残った製品を教えてください。
emmyWashはコロナ前から準備していた製品で、当初はハンドソープのディスペンサーを作る予定だったのですが、コロナの影響で消毒液に切り替えた経緯があります。
大変だったのは、普段使っているAndroidタブレットの基板を活用してモーターコントロールを行った点です。水を扱う製品はあまり経験がないので毎日びしょびしょになりながら試行錯誤して作り上げた製品でした。
苦労しましたが、今の暗い世の中で笑顔を増やすことにより少しでも幸せな気分になってもらいながら清潔な習慣を提供する、という非常に社会性のある製品だったと感じています。
ソースネクスト新製品
「POCKETALK S」ー学習端末としての新たな用途開拓
ポケトークSシリーズからは「AI教育モード」を搭載しました。大画面の「ポケトーク S Plus」もラインナップに追加し、学習端末としての新しい使い方を開拓しています。インバウンドに頼らない道を見つけることができたと感じます。
AIボイス筆談機「タブレットmimi」
「タブレットmimi」は、聴覚障害者やお年寄りの方向けに、相手の話している言葉をポケトークと同じ技術を用いて全て文字起こしをしてリアルタイムで表示させるデバイスです。
聴覚障害者の方はジレンマがあるようですね。人に迷惑をかけないために聞こえたふりをしてしまったり、理解することを諦めてしまったりするそうなのですが、こうした問題をこのデバイスで解決させています。
音声をクラウド上で文字起こし「AutoMemo」
「AutoMemo」は、だいぶ前から企画・構想していたもので、ポケトークで築き上げた技術を用いています。ポケトークは音声を的確に抽出してクラウドで精度の高い文字に変換させ、その文字を音声に変換して端末側で話させますが、それを介さずにクラウド側でメールなどの文章で届けるというものです。
これは非常に好評で量産の話も出ています。記者さんなどがすごくヘビーな使い方をします。
ボイスレコーダーとは違うジャンルですが、一般のボイスレコーダーと同じ販売価格に抑えるところは苦労しました。ボイスレコーダーは黒くてゴツゴツして威圧感ありますが、アルミ筐体で全面にアクリルを貼って綺麗に仕上げ、さりげなく置いて嫌じゃないデザインにしましたね。
インテリアの形で癒しを提供「Atmoph Window2」
「Atmoph Window2」は巣ごもり需要の中で当初の計画よりもかなり良い形で製造、販売ができました。メンバーで頑張ってDisney版やStar Wars版、そして普段は綺麗な家具には使われず廃棄されてしまう木材をあえて使って環境に配慮した新フレーム(Wormy Maple)を発表しました。
コロナで家にいるけど癒されない、なかなか旅行に行けない中での癒しをインテリアの形で提供する、そのあたりが評価されているのかなと思いますね。
予想を超える支援を得た「InstaChord インスタコード」
音楽は作りたいけど楽器が弾けない人はたくさんいます。日本はいわゆるガジェットがなかなか当たらない国ですが、ポータブルで色々な音色を出せるこのインスタコードを作るために一発勝負に出た結果、予想を超える支援がありました。
今年は楽器メーカーが過去最高の売り上げのようですね。家にいる時間が長いとそちらの方にお金が使われるようです。インスタコードもこの流れに乗ったのかもしれません。
現在は改良を重ねており、来年(2021年)にはお披露目できるのではないかと思います。今後も期待してください。
普及に向けて体勢を整えた「MAMORIO」
ビーコン(位置情報を確認できるデバイス)を活用したMAMORIOはペットや見守り系に相性が良く、今後は製品を普及させることに注力したいと考えています。
しかし、スタートアップが開発・マーケティング・生産管理を一挙に手がけるのは大変です。そこでJENESISはMAMORIOと資本業務提携を結び、製造をJENESISに一本化してMAMORIO側ではマーケティングやBtoB案件の事業拡大に注力をしていきます。この大きな取り組みの中で取締役として参画してしっかりと支えていきたいと考えています。
金型成型工場の設立
ー2020年6月は金型成型工場を設立、そして12月にはその工場を分社化するなど大きな出来事がありました。今後はどのような変化が起きてきますか?
金型成型工場の稼働に至った流れですが、お客様からいただいたデザインを業者に委託して金型を製造してもらうことには常にリスクが伴います。まず、この委託先が倒産してしまうことがあります。特に意図的な倒産だとこちら側の立ち入りができず金型を回収できなくなってしまうのです。
また、金型を握られていると理不尽な値上げを要求されたり理屈の通った交渉が難しくなります。何百万もかけて金型を作ったのにまた作り直さなければならない事態も起きることがあります。
そのようなリスクを回避するため、いつか金型工場の設立に挑戦したいと思っていました。設備の増強を行い、この年末年始から自社工場の金型成型率は半分以上にまでなる見込みです。
金型成型工場機能と検品代行サービス事業を分社化
弊社では、部品の在庫管理・発注のプロセスなど内部管理の要求が厳しい中、SAPを導入し材料のバーコード管理など体勢を整えてきました。これにより会社の規模だけではなく、業務プロセスも複雑化してきていますが、JENESISは創業10周年なので当然古株の社員もいるのですが、ここで分社化してその古株社員の一部も転籍させることで、創業当時のスタートアップのような会社にしてかつてのヒーローだった古株社員をもう一度奮い立たせようと考えています。
2021年の新製品
ー2021年に発表される新製品は、2020年のコロナ禍の中で生まれたものが多くなるのではないかと予想しますが、どのようなものが控えているのでしょうか
2021年に控えている製品は、リモートワーク・非接触関連のものが多いです。また、深センではスマホ・パソコンのカテゴリもレガシーになりつつあり、今後はPC向けのデータをクラウドに上げる方向に向かっています。我々も深センのサプライチェーンに順応して、この次世代の流れについていきます。
来年の戦略について
ー来年の戦略はいかがでしょうか
9月1日にグループ会社に経営統合しました。
日本の現状を見ると、とにかくレガシーですね。紙・FAX・伝票・ファイリング・電話などが健在です。そして高齢化・少子化が進んでいるのに移民を受け入れていないため、介護事業など花形にならないといけない業界では介護士が少なく倒産も増えています。レストラン・コンビニなども働き口となる若い人たちが減っています。サービスのDX化が進んでいないのに労働人口が減っている状態です。
テクノロジーで社会問題の解決を
これらの問題はテクノロジーで解決するのが一番の近道です。例えば、警備の巡回も多くの場面では警備ロボットで十分ですし、電気・ガスの検針もわざわざ人が行く必要はないですよね。工場でも人が手や足を無駄に動かしている場面が見受けられます。
今回、グループ会社だったソフトウェアの会社(ネオス(株))とハードウェアの会社(JENESIS)を経営統合し、ソフトウェアとハードウェアの垣根を越えたソリューションをワンストップで提供するのが我々のビジョンです。AI・センシング・通信・クラウドは我々の十八番です。深セン・ベトナム・札幌・宮崎・東京にプロフェッショナルな集団がいます。
人の無駄な移動がなくなることやペーパーレス化は、結果的に電力供給量・CO2排出の削減となり、これがSDGsの流れとなります。レガシーを解決することで日本や世界が抱えている社会問題の解決につながっていくのではないかと考えています。
現在定年を迎えつつあるバブル期の時代を生きてきた方々の多くは失敗を恐れて新しい改革を行いませんが、弊社の取引先はみなIT・ICT・DXを行おうとしている会社でトップのみなさん年齢層が若いです。このパワーを結集して、ある程度垂直統合化してゲームチェンジをする。ITのレイヤーで社会問題を解決していく。そういった取り組みを2021年はしていきたいです。
「ハードウェアのシリコンバレー」という呼び名が定着した深センから最先端のノウハウを提供し、DX化がなかなか進まないと懸念されている日本企業をバックアップし続けるJENESIS。2021年に続々と発表を控えている新製品にも期待が高まります。